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東京地方裁判所 昭和63年(レ)188号 判決 1989年5月30日

控訴人(原告)

梶原正雄

被控訴人(被告)

青木秀啓

主文

一1  原判決中控訴人の敗訴部分のうち金六万〇九〇〇円及びこれに対する昭和五九年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超えて控訴人の本訴請求を棄却した部分並びに金一万三七三二円及びこれに対する昭和五九年八月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超えて被控訴人の反訴請求を認容した部分をいずれも取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金九万一三五〇円及びこれに対する昭和五九年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人の右反訴請求に係る部分の請求を棄却する。

4  その余の本件控訴を棄却する。

二  訴訟の総費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

三  この判決は、一2及び二に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金一五万二二五〇円及びこれに対する昭和五九年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求について

1  本訴請求原因

(一) 事故の発生

(1) 昭和五九年八月四日午後一時一〇分ころ、訴外梶原令子(以下「令子」という。)が普通乗用自動車(以下「甲車」という。)を運転して、東京都大田区石川町二丁目七番先の通称中原街道(以下「本件道路」という。)の第二車線を毎時約三〇キロメートルないし四〇キロメートルの速度で丸子橋方面から五反田方面に向けて進行し、同番二号先の交差点(以下「本件交差点」という。)の手前約三〇メートルの地点に差し掛かつたところ、甲車の約一〇メートル前方の地点において、本件道路の第三車線で信号待ちのため停車していた被控訴人の運転する普通乗用自動車(以下「乙車」という。)が突然第二車線に進路を変更しようとし、左に進路を変更する旨の合図を出すとともに急発進して甲車の直前に割り込み、本件交差点の約一〇メートル手前で進路変更を終了した。甲車は、乙車の右進路変更により進路を妨げられたため危うく追突しそうになつたが、急制動の措置をとつてこれを回避した。ところが、乙車は、右進路変更の後、本件交差点の対面信号が青色を表示し、先行する自動車も既に前方に進出してしまつていて進行するのに何らの障害がないにもかかわらず、時速約一〇キロメートルに減速し、左折の合図を出すこともなく、また、本件道路の左側端に寄ることもなくそのまま約一〇メートル進行し、本件交差点の入口に設けられている停止線(以下「本件停止線」という。)の付近で急停止をした。甲車は、乙車が第二車線に進路を変更した後、同車との間に約一メートルの車間距離を保つたまま時速約一〇キロメートルで同車に追従していたが、前記のように、乙車が本件停止線の付近で急停止するに至つたため、同車の後部に甲車の前部を衝突させた(以下「本件事故」という。)。

(2) 控訴人は、甲車を所有していたものであるが、本件事故により甲車の前部バンパー、ボンネツト等が破損した。

(二) 責任原因

被控訴人は、乙車を運転して本件交差点に差し掛かつたのであるが、車両等の運転者は、危険を防止するためやむを得ない場合を除き、その車両等を急に停止させてはならない注意義務を負うものである。(道路交通法二四条)。しかるに被控訴人は、これを怠り、甲車の直前に割り込んだうえ、本件交差点の対面信号が青色を表示しており、先行車も既に前方に進出してしまつていて進行するのに何らの障害がないにもかかわらず、乙車の後方に甲車が追従していることを知りながら、突然本件停止線の付近で急停止をした故意又は重大な過失により、本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき、控訴人の後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 損害

控訴人は、甲車の修理費用として一五万二二五〇円の支払を要した。

(四) よつて、控訴人は被控訴人に対し、右損害金一五万二二五〇円及びこれに対する本件事故の日より後である昭和五九年八月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  本訴請求原因に対する認否

(一) 本訴請求原因(一)の各事実のうち、控訴人が主張する日時、場所において、令子の運転する甲車が被控訴人の運転する乙車に追突したこと、控訴人が甲車を所有していることは認めるが、その余は否認する。

(二) 同(二)の事実は否認ないし争う。

被控訴人は、本件交差点で左折するために、左折の合図を出したうえで減速したものであつて急停止したことはなく、本件事故の発生については何らの過失がない。本件事故は、次のとおり令子の一方的な過失により発生したものであるから、被控訴人は控訴人に対して損害賠償義務を負うものではない。すなわち、令子は甲車を運転して乙車に追従していたものであるが、このような場合、車両等の運転者としては、その直前の車両等が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるよう十分な車間距離を保つとともに(道路交通法二六条)、その車両等の動静を注視して進行すべき注意義務があるものというべきである。しかるに令子は、これを怠り、乙車に追従して進行するに当たり、約一メートルの車間距離しか保たず、同車の動静を注視しなかつた過失により本件事故を惹起させたものである。

(三) 同(三)の事実は知らない。

二  反訴請求について

1  反訴請求原因

(一) 本件事故の発生

(1) 昭和五九年八月四日午後一時一〇分ころ、本件停止線付近において、令子の運転する甲車が被控訴人の運転する乙車に追突した。

(2) 被控訴人は、本件事故により、外傷性頸椎症候群等の傷害を受けた(以下「本件傷害」という。)。

(二) 責任原因

控訴人は、甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、被控訴人の後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 損害

(1) 治療費 七万三五六〇円

被控訴人は、本件傷害につき、昭和五九年八月五日から同年九月二九日までの間(実通院日数六日)大村病院に通院して治療を受け、右治療費として七万三五六〇円の支払を要した。

(2) 通院交通費 六七二〇円

被控訴人は、前記大村病院に通院するための交通費として合計六七二〇円の支払を要した。

(3) 慰藉料 四〇万円

被控訴人は、本件事故により本件傷害を受け、前記大村病院に通院して治療を受けることを余儀なくされた。そのうえ、控訴人は、本件事故が令子の一方的な過失によつて発生したものであるにもかかわらず、被控訴人を器物損壊罪等で告訴して警察当局の取調べを受けさせるとともに、本訴を提起するに至り、被控訴人に対して筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を与えた。したがつて、被控訴人が被つたこれらの精神的苦痛を慰藉するためには、少なくとも四〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

(4) 損害の填補 一一万八三八〇円

被控訴人は、本件事故につき、控訴人の自動車損害賠償責任保険から一一万八三八〇円の支払を受けた。

(四) よつて、被控訴人は控訴人に対し、右損害金の残額三六万一九〇〇円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五九年八月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  反訴請求原因に対する認否

(一) 反訴請求原因(一)の各事実のうち、(1)は認めるが、(2)は否認する。

(二) 同(二)の事実のうち、控訴人が甲車を所有しこれを自己のために運行の用に供していたことは認めるが、控訴人に損害賠償義務がある旨の主張は争う。

前記のように、本件事故は被控訴人の故意又は重大な過失によつて惹起されたものであるから、控訴人は被控訴人に対して損害賠償義務を負うものではない。

(三) 同(三)の各事実のうち、(4)は認めるが、その余は否認する。

3  抗弁(過失相殺)

本訴請求原因(二)に記載のとおり、本件事故の発生については被控訴人に過失があるので、被控訴人の損害賠償の額を定めるに当たつては右過失が斟酌されるべきである。

4  抗弁に対する認否

抗弁の主張は争う。

第三証拠

証拠の関係は、原審及び当審における本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  まず本訴請求について判断する。

1  本訴請求原因(一)の各事実(事故の発生)のうち、昭和五九年八月四日午後一時一〇分ころ、東京都大田区石川町二丁目七番二号先本件交差点入口の本件停止線付近において、令子の運転する甲車が被控訴人の運転する乙車に追突したこと、控訴人が甲車を所有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証の一ないし五、乙第一号証、同第二号証の二、三、原審証人瀬川昇、同梶原令子の各証言、原審における控訴人及び被控訴人(第一、二回)各本人尋問の結果(ただし、被控訴人本人尋問の結果中後記採用しない部分は除く。)を総合すれば、本件事故の態様等は次のとおりであると認めることができる。

(一)  本件交差点は、本件道路と東京都大田区東雪谷二丁目方面から同区石川町一丁目方面に通じる道路(以下「交差道路」という。)とがX字で交わる交差点である。本件道路のうち、丸子橋方面から五反田方面に向かう東行車線は三車線に区分されており、その幅員は一番左端の第一車線で約一・八メートル、その右側の第二車線で約三・二メートル、更にその右側の第三車線で約三・一メートルであるが、他方、交差道路の幅員は、本件交差点の南側で約六メートル、その北側では約四・三メートルである。本件道路東行車線の本件交差点入口付近には、交差道路と平行に東から順に本件道路を横断するための自転車横断帯(幅員約一・六メートル)と横断歩道(幅員約四・二メートル)が設けられているが、更にその西側には本件道路と垂直に本件停止線の標示がなされており、右横断歩道の西端から本件停止線までの距離は本件道路の中央線付近で約八・六メートルである。本件道路に関しては、本件交差点に信号機が設置されて交通整理が行われているほか、最高速度毎時四〇キロメートル、終日駐車禁止、転回禁止の各交通規制が行われている。

(二)  昭和五九年八月四日午後一時一〇分ころ、令子は、助手席に控訴人を同乗させて控訴人所有の甲車を運転し、本件道路の第二車線を時速約三〇キロメートルないし四〇キロメートルで東へ進行していたが、本件停止線の手前約三五メートルの地点に差し掛かつたところ、約一〇メートル前方の本件道路の第三車線で信号待ちのため停車していた被控訴人の運転する乙車が、突然、左に進路を変更する旨の合図を出すのとほぼ同時に急発進して第二車線に進路を変更した。このため、令子は警笛を鳴らすとともに急制動の措置を講じて乙車に追突するのを回避したが、乙車は右進路変更の後、本件交差点の対面信号が青色を表示し、乙車に先行する二台の自動車も既に前方に進出してしまつていたにもかかわらず、左折の合図を出すこともなく時速約一〇キロメートルに減速して進行し始めた。そこで、令子も右速度と同程度の速度に減速して乙車に追従し、同車との間に約一・五メートルの距離を保ちながら約一〇メートル進行したが、乙車が第二車線上において本件停止線の手前約一・七メートルの地点(北側交差道路の手前約二二メートル程度)で急に停止するに至つたため、危険を感じて急制動の措置をとつたものの及ばず、本件停止線の手前約六・一メートルの地点で同車の後部に甲車の前部を衝突させ、甲車はその前部バンパー、ボンネット等を破損した。

他方、被控訴人は、乙車を運転して本件道路を東へ進行していたが、前示のように第三車線から第二車線に進路を変更した後、時速約一〇キロメートルに減速して約一〇メートル進行し、乙車の後方に追従している車両があることを知りながら、前記地点で特段の理由もなく急に停止したところ、前示のように甲車に追突されたものである。

被控訴人は、本件交差点で左折するために、左折の合図を出したうえで減速したものであり急停止をしたことはないと主張し、原審での被控訴人本人尋問(第一回)においても同様の供述をするが、前掲各証拠と対比して被控訴人の右供述部分は採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そこで同(二)の事実(責任原因)について検討する。

車両の運転者は、危険を防止するためやむを得ない場合を除き、その車両を急に停止させ、又はその速度を急激に減ずることとなるような急ブレーキをかけてはならないのであり(道路交通法二四条)、自ら運転している車両(以下「自車」という。)に後続する車両(以下「後続車」という。)が自車との間に十分な車間距離を保つことなく走行しており、自車を急に停止させるときには後続車が自車に追突するに至ることを知り又は知りうべきときには、自車を急に停止させてはならない注意義務を負うものというべきところ、本件において、前示認定に係る事実関係に照らすと、被控訴人は、乙車が本件停止線付近に差し掛かつた際、本件交差点の対面信号が青色を表示し、乙車に先行する二台の自動車も既に前方に進出してしまつていたのであるから、乙車を進行させることに障害も、危険もなかつたうえ、甲車が十分な車間距離を保つことなく乙車に追従しており、乙車を急に停止させるときには甲車が乙車に追突するに至ることを知り又は知りうべきであつたものといえ、したがつて乙車を急に停止させてはならない注意義務を負つたものというべきであるにもかかわらず、被控訴人は、これを怠り、本件停止線の手前約一・七メートルの地点において何らの理由もなく急に乙車を停止させたため、甲車をして乙車に追突させたものであるから、民法七〇九条に基づき、控訴人に対し、控訴人が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

3  進んで同(三)の事実(損害)について判断する。

(一)  修理費用 一五万二二五〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一ないし三によれば、控訴人が甲車の修理費用として一五万二二五〇円の支払を要したことが認められるから、右同額が損害額となる。

(二)  過失相殺について

原審証人梶原令子の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、令子は、控訴人の子であつて控訴人と同居しており、控訴人所有の甲車を控訴人同乗のもとに運転中、本件事故を惹起させたものであることが認められる。したがつて、本件事故の発生についての令子の過失は、被害者たる控訴人の損害額を算定するに当たつてこれを斟酌するのが相当である。

そこで、1項で認定した事実に基づいて検討するに、令子は、甲車を運転し乙車に追従して進行していたのであるから、乙車が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるように、十分な車間距離を保つとともに(道路交通法二六条)、同車の動静を注視して進行すべき注意義務があるものというべきである。しかるに令子は、これを怠り、乙車に追従して時速約一〇キロメートルで進行するに当たり、約一・五メートルの車間距離しか保たず、同車の動静を注視しないで進行した過失により、前示のとおり、乙車の後部に甲車を衝突させて本件事故を惹起させたものである。

以上のとおり、本件事故は被控訴人と令子の各過失が競合して生じたものというべきであるが、令子が車間距離を十分に保てなかつたのは、乙車が甲車の直前で進路変更したうえ、前方が空いていたのに適切な走行速度をとらなかつたことなどにもよるところ、乙車の停止した場所が、前示のように本件停止線の手前約一・七メートルのところにあり、法令上の駐停車禁止場所(同法四四条参照)付近に当たり、対面信号が青色を表示している状況のもとで、先行車が急に停止することを後続車において予想しがたい場所であることをも考慮に入れるならば、令子の過失に比較して被控訴人の過失の方がより大きいものというべきである。したがつて、控訴人の損害賠償の額を定めるに当たつては、被控訴人の過失を六割、令子の過失を四割とし、控訴人の前記損害額から四割を減額するのが相当である。

そうすると、被控訴人が控訴人に対して賠償すべき損害額は、九万一三五〇円となる。

4  よつて、被控訴人は控訴人に対し、右損害金九万一三五〇円を支払う義務があるものというべきである。

二  次に被控訴人の反訴請求について判断する。

1  反訴請求原因(一)の各事実(本件事故の発生)のうち、(1)については前示(一の1)のとおりであり、原審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第六、第七号証、第九号証、同じく被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一、二、第四号証の一ないし三、第五号証の一、二、第一〇号証、原審証人梶原令子の証言、原審における控訴人及び被控訴人(第一、二回)各本人尋問の結果を総合すれば、本件事故後の経過等は次のとおりであると認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被控訴人は、本件事故により、外傷性頸椎症候群等の本件傷害を受け、昭和五九年八月五日から同年九月二九日までの間(実通院日数六日)医療法人社団仁生堂大村病院に通院して治療を受けた。

(二)  控訴人は、弁護士を業とする者であり、甲車の助手席に同乗して本件事故に至るまでの状況を目撃していたのであるが、被控訴人の運転する乙車が、甲車の直前で進路を変更したうえ急に減速し、本件交差点の対面信号が青色を表示し、かつ、先行車も既に前方に進出してしまつていて進行するのに何らの障害がない状況のもと、突然本件停止線の付近で理由もなく急停止をしたため、被控訴人の運転を女性運転者である令子に対する悪質ないやがらせであると判断した。そこで、控訴人は、事故直前の実況見分の場において取調べに当たつた警察官に対して、令子とともに強くその旨の主張をしたが、同警察官は、甲車及び乙車のいずれもが走行中の追突事故であるとの被控訴人の供述に基づき、控訴人ら及び被控訴人の双方に示談を勧めるのみで、控訴人らの主張を聞き入れようとしなかつたため、控訴人は、本件事故の真相を追究するべく、昭和五九年八月二二日付で警視庁東調布警察署長警視村田三才夫に対し、被控訴人を器物損壊罪で告訴(以下「本件告訴」という。)するとともに誣告罪で告発(以下「本件告発」という。)した。その内容は次のとおりである。すなわち、被控訴人は、<1>昭和五九年八月四日午後一時一八分ころ、東京都大田区石川町二丁目七番二号先の本件交差点手前において、乙車を第三車線から急発進させつつ第二車線へ進路を変更し、同交差点入口において、乙車の直後を追従した甲車が未だ必要な車間距離を保持できない状態であることを知りながら突如停車し、甲車を乙車に追突させ、よつて控訴人所有の甲車に修理費合計一五万二二五〇円を要する損傷を与え、もつて器物を損壊し、<2>前記日時ころ、前同所付近の歩道及び巡査派出所において、事故の取調べに当たつた警察官に対し、令子の処罰を求める目的をもつて、前記追突を乙車が進行中に同女の前方不注意等により生じたものである旨虚偽の申告をなし、もつて誣告したというものである。そして、控訴人は、同年一〇月一九日付で同警察署長警視村田三才夫に対し、本件告訴・告発の理由を上申したが、その要旨は、<1>本件事故に至る経過及びその態様、すなわち、被控訴人が甲車の直前で進路を変更したうえ急に減速し、本件交差点の対面信号が青色を表示し、かつ、先行車も既に前方に進出してしまつていて進行するのに何らの障害がない状況のもと、右左折の合図を出すこともなく徐行を続け、甲車との車間距離が約一メートルに狭まつた本件停止線の付近において理由もなく急停止をしたために本件事故に至つたという経緯からするならば、被控訴人の行動は少なくとも甲車による追突を認容する意識がなければとることができないものであり、未必の故意を推認することができるから、被控訴人の右行為は器物損壊罪を構成し、<2>また、被控訴人が、取調べに当たつた警察官に対してなした乙車の走行中に追突されたという申告は、乙車の急停止のために追突したという右客観的事実に反し、明らかに虚偽の申告であるが、前記のような本件事故の状況からするならば、令子はいわゆる信頼の原則により刑事責任を免れる事案であるから、被控訴人の右行為は令子の処罰を求める目的をもつてなされた虚偽の申告として、誣告罪を構成するというものである。

一方、被控訴人は、本件事故当時鶴見大学歯学部に在学中の学生であつたが、控訴人のなした本件告訴・告発に伴い、被疑者として数度にわたつて警察官の取調べを受けることとなつた。

(三)  控訴人は、同年九月一八日に被控訴人に到達した内容証明郵便をもつて被控訴人に対して話合いの機会を持ちたいと申し入れたが、被控訴人から何らの応答がなかつたため本訴を提起するに至つた。

2  そこで同(二)の事実(責任原因)について検討するに、控訴人が甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、控訴人は、自動車損害賠償保障法三条に基づき、被控訴人の後記損害を賠償するべき義務がある。

控訴人は、本件事故は被控訴人の故意又は重大な過失によつて惹起されたものであるから損害賠償義務はないと主張するが、前示のとおり、本件事故は被控訴人と令子との各過失が競合して生じたものというべきであつて、被控訴人の故意又は重大な過失を認めるに足りる証拠はないから、これを前提とする控訴人の右主張は採用することができない。

3  進んで同(三)の事実(損害)について判断する。

(一)  治療費 七万三五六〇円

前示のように、被控訴人は、本件傷害につき、昭和五九年八月五日から同年九月二九日までの間(実通院日数六日)大村病院に通院して治療を受けたが、前掲乙第五号証の一、二によれば、被控訴人が右期間中の治療費として七万三五六〇円の支払を要したことが認められるから、右同額を損害額と認めることができる。

(二)  通院交通費 六七二〇円

原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる乙第六号証によれば、被控訴人が右治療期間中の通院交通費として六七二〇円の支払を要したことが認められるから、右同額を損害額と認めることができる。

(三)  慰藉料 二五万円

本件事故による被控訴人の受傷内容、通院期間等を考慮すれば、本件事故により被控訴人が被つた精神的苦痛を慰藉するためには二五万円をもつてするのが相当である。

なお、被控訴人は、控訴人の本件告訴・告発により警察官の取調べを受けることを余儀なくされ、更に本訴を提起されたことによつても精神的苦痛を被つたとして、これらの事情も慰藉料の算定に当たつて斟酌すべきであると主張する。

しかしながら、前示のとおり、本件事故は、令子と被控訴人の各過失が競合して生じたものというべきであり、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は正当な権利の行使であるから、本訴が提起されたことを本件反訴請求における慰藉料算定に当たつて斟酌しうる事由とはいえないものというべきである。また、被控訴人の運転する乙車が、甲車の直前で進路の変更をしたうえ急に減速し、本件交差点の対面信号が青色を表示し、かつ、先行車も既に前方に進出してしまつていて進行するのに何らの障害がない状況のもとにおいて、本件停止線の付近で理由もなく急停止をした等の前示認定に係る本件事故の態様に照らすと、被控訴人が、乙車を突然停止させて追突を招き、甲車の損壊を生じさせた行為は器物損壊罪を構成する余地があり、また、被控訴人が警察官に対し、本件追突は乙車の走行中に発生したものであり、令子が一方的な前方不注意が本件事故発生の原因である旨の一部ではあるが重要な点についての客観的事実に反する供述をしたことは誣告罪を構成する余地がないではないから、控訴人が、自己及び令子の見聞した本件事故状況及び警察官に対する供述内容を基に、法律専門家たる弁護士としての判断を加え、被控訴人には器物損壊罪及び誣告罪が成立するとして、本件告訴・告発に及んだことには相当な理由があり、法律専門家としての注意義務に欠けるところがあつたものとはいえず、控訴人には本件告訴及び告発をするについて故意又は過失がなかつたものというべきである。したがつて、本件告訴及び告発はいずれも独立の不法行為を構成しないものというべきであり、これらを本件反訴請求における慰藉料の算定に当たつて斟酌することも相当でないというべきである。

そうすると、被控訴人の損害額の合計は三三万〇二八〇円となる。

(四)  過失相殺について

本件事故の発生について被控訴人にも過失があり、その割合が六割であることは前示のとおりであるから、被控訴人の右損害額から六割を減額するのが相当である。

そうすると、控訴人が被控訴人に対して賠償すべき損害額は一三万二一一二円となる。

(五)  損害の填補 一一万八三八〇円

被控訴人が本件事故につき、自動車損害賠償責任保険から一一万八三八〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、右金額は前記損害に対する填補に充てられるべきである。

したがつて、控訴人が被控訴人に対して賠償すべき損害額は一万三七三二円となる。

4  よつて、控訴人は被控訴人に対し、右損害金の残額一万三七三二円を支払う義務があるものというべきである。

三  以上の次第で、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対して損害賠償として九万一三五〇円及びこれに対する本件事故の日より後である昭和五九年八月二〇日から支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の理由がなく棄却すべきものであり、また、被控訴人の反訴請求は、控訴人に対して損害賠償として一万三七三二円及びこれに対する本件事故の日の翌日である同月五日から支払ずみまで同じく年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却すべきものである。したがつて、原判決中の控訴人敗訴部分のうち六万〇九〇〇円及びこれに対する昭和五九年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超えて本訴請求を棄却した部分並びに一万三七三二円及びこれに対する同月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超えて反訴請求を認容した部分はいずれも不当であるから、右各部分につき、原判決を取り消したうえ、本訴請求を認容し、反訴請求を棄却することとし、その余の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとする。

よつて、民事訴訟法三八六条に従い、訴訟費用の負担については同法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 原田卓 石原稚也)

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